ビチェリン(Bicerin)は、イタリア北部の都市トリノで生まれた温かい飲み物です。コーヒー、チョコレート、ミルクのクリームを小さなグラスに重ね、混ぜずに飲みます。名前はピエモンテ語で「小さなグラス」という意味で、2001年にはピエモンテ州の「伝統的な飲み物」として認められました。
日本で「ビチェリン」を調べると、トリノの老舗カフェと同じ名前のカフェや、同じ名前のリキュールの情報も出てきます。この記事では、トリノ観光局や発祥のカフェの公式サイト、イタリア政府の伝統食品リストをもとに、飲み物としてのビチェリンの成り立ちと飲み方を整理しました。家での作り方、日本で飲める店、リキュールとの違いもあわせて紹介します。
- ビチェリンの材料と名前の意味
- 1763年創業のカフェから広まった歴史
- 混ぜずに味わう飲み方
- 家で3層に重ねる作り方
- 日本で飲める店と、同じ名前のリキュールとの違い
ビチェリンとは?トリノ生まれのコーヒーとチョコレートの飲み物
ビチェリンは、トリノを州都とするピエモンテ州の伝統的な飲み物です。トリノ観光局(Turismo Torino)は、コーヒー、チョコレート、ミルクのクリームでできていて、層が見えるようにグラスで出す飲み物だと紹介しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発祥 | イタリア・トリノ(ピエモンテ州) |
| 名前の意味 | ピエモンテ語で「小さなグラス」 |
| 材料 | コーヒー、チョコレート、ミルクのクリーム(分量は非公開) |
| 飲み方 | 混ぜずに、口の中で材料が合わさるのを味わう |
| 公的な位置づけ | 2001年にピエモンテ州の「伝統的な飲み物」に。イタリア政府の伝統的農産食品(PAT)リストにも掲載 |
名前はピエモンテ語の「小さなグラス」
「bicerin」は、ピエモンテ語で「小さなグラス」を意味します。発祥のカフェ・アル・ビチェリンは、取っ手のない小さなグラスで出されていたことが名前の由来だと説明しています。
器の呼び名が、そのまま飲み物の名前になったわけです。トリノ観光局も、層を眺められるようにグラスや脚付きのグラスで出すと紹介しています。
材料はコーヒー・チョコレート・ミルクのクリーム
材料はコーヒー、チョコレート、ミルクのクリームの3つです。分量は公開されておらず、トリノ観光局の紹介でも「分量は秘密」とされています。発祥のカフェも、元のレシピを代々ひそかに受け継いでいるとしています。
発祥のカフェの説明では、チョコレートは専用の銅鍋で何時間もかけてゆっくり火を通し、コーヒーは軽く香りのよい配合を使います。日本で「Bicerin」を運営する会社は、本家ではエスプレッソマシンがなかった頃と同じ方法でコーヒーを抽出していると紹介しています。
ピエモンテ州が認めた伝統の飲み物
ビチェリンは2001年、「ピエモンテの伝統的な飲み物」としてピエモンテ州の公報に掲載されました。トリノ観光局と発祥のカフェの公式サイトが、どちらもこの年を挙げています。
イタリア農業・食料主権・森林省(MASAF)が公表している伝統的農産食品(PAT)の全国リストでも、2026年版(第26次改訂)のピエモンテ州「ノンアルコール飲料・蒸留酒・リキュール」の区分に「Bicerin」が載っています。このリストは、各州が伝統的と認めた食品を国がまとめて公表するものです。


ビチェリンの歴史|1763年創業のカフェ・アル・ビチェリンから広まった
ビチェリンの歴史は、トリノのコンソラータ聖堂(Santuario della Consolata)の向かいにあるカフェ・アル・ビチェリン(Caffè Al Bicerin)とともに伝えられています。トリノの街の歴史をまとめたMuseoTorinoによると、店を開いたのは柑橘の飲み物と砂糖菓子の職人だったジュゼッペ・デンティスです。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1763年 | ジュゼッペ・デンティスが、コンソラータ聖堂の向かいに小さな店を開く |
| 19世紀 | 3つの材料を1つのグラスに注ぐ頼み方が生まれ、そのひとつが「ビチェリン」と呼ばれるようになる |
| 1856年 | 建築家カルロ・プロミスの設計で、今の建物が建つ |
| 20世紀初め〜 | カヴァッリ家の女性たちが店を切り盛りする |
| 1983年 | マリア・テレーザ(マリテ)・コスタが店を継ぐ |
| 2001年 | 「ピエモンテの伝統的な飲み物」として州の公報に掲載 |
前身は18世紀の飲み物「バヴァレイザ」
ビチェリンのもとになったのは、18世紀に流行した「バヴァレイザ(bavareisa)」という飲み物です。発祥のカフェによると、コーヒー、チョコレート、ミルク、シロップでできていて、大きなグラスで出されていました。MuseoTorinoは、あらかじめ混ぜ、シロップで甘みをつけてから出す飲み物だったと説明しています。
発祥のカフェは、ビチェリンを「発明」ではなく、このバヴァレイザが変化したものだと位置づけています。混ぜて出していたバヴァレイザに対し、ビチェリンは材料を重ねたまま出す点が違います。
19世紀にあった3つの頼み方
発祥のカフェの説明では、最初は3つの材料を別々に出していましたが、19世紀にはもう1つのグラスに注ぐ形になり、組み合わせ方が3通りありました。
| 呼び名(ピエモンテ語) | 中身 |
|---|---|
| pur e fiur | 今のカプチーノに近いもの |
| pur e barba | コーヒーとチョコレート |
| ‘n poc ‘d tut(少しずつ全部) | コーヒー、チョコレート、ミルクのクリームの3つ |
いちばん人気を集めたのが3つ目の「’n poc ‘d tut」で、ほかの2つをしのぎ、出していたグラスの名前をとって「ビチェリン」と呼ばれるようになりました。やがて市内のほかのカフェにも広まり、トリノの象徴のひとつになったと発祥のカフェは紹介しています。
聖堂の向かいで広まった断食明けの一杯
店が聖堂の向かいにあったことも、ビチェリンの広まりと結びついていたとされます。発祥のカフェによると、聖体拝領に備えて断食した信者が、教会を出てすぐに力をつける一杯として好まれました。
四旬節(復活祭前の節制の期間)にも、温かいチョコレートは「食べ物」とみなされなかったため、断食中でも気兼ねなく飲めたと説明されています。MuseoTorinoも、ビチェリンは温かいうちに、それも必ず正午より前に飲むものだったと記しています。
カヴールやデュマが訪れたカフェ
MuseoTorinoと発祥のカフェは、イタリア王国の初代首相カミッロ・カヴール、フランスの作家アレクサンドル・デュマ(父)、作曲家ジャコモ・プッチーニらが店を訪れたと紹介しています。デュマは手紙の中で、トリノで見逃せないもののひとつにビチェリンを挙げたとされています。
発祥のカフェによると、作家ウンベルト・エーコは歴史小説『プラハの墓地』で、このカフェを物語の舞台のひとつとして詳しく描きました。MuseoTorinoは、著名人だけでなく花売りや行商人、御者まで、あらゆる階層の客が集まったとも記しています。
女性たちが切り盛りしてきたカフェ
発祥のカフェの説明では、この店は長いあいだ、女性がひとりで人前に出られる数少ない場所のひとつでした。20世紀の初めからはカヴァッリ家の女性たちが店を切り盛りし、1983年にマリア・テレーザ(マリテ)・コスタが後を継ぎました。
コスタは、トリノのチョコレートと菓子の歴史を掘り起こし、この店を世界に知られる存在にしたと紹介されています。
ビチェリンの飲み方|混ぜずに層ごと味わう
ビチェリンの飲み方で、トリノ観光局と発祥のカフェがそろって挙げているのが「混ぜない」ことです。スプーンでかき混ぜると、層を重ねて出す意味がなくなってしまいます。
混ぜずに口の中で合わせる飲み方
発祥のカフェは、混ぜずに飲むことで、濃さ・温度・味の違う材料が口の中で直接合わさると説明しています。トリノ観光局も、混ぜずに、材料が口の中で混ざり合うのを楽しむのがいちばんおいしい飲み方だとしています。
日本で「Bicerin」を運営する会社も、異なる3層の味を時間をかけて味わう飲み物だと紹介しています。
3つの小グラス「スティッセ」を添える昔の作法
トリノ観光局によると、もともとのビチェリンには「スティッセ(stisse)」と呼ばれる、材料を1種類ずつ入れた3つの小さなグラスを添えるのが習わしでした。発祥のカフェも、初めは3つの材料を別々に出していたと説明しています。
ビチェリンの作り方|家で3層に重ねる手順
発祥のカフェはレシピを門外不出にしていて、分量も公開していません。ここで紹介するのは本家の再現ではなく、家の道具でコーヒー・チョコレート・クリームの3層を作るための手順です。分量は、グラスの大きさと好みに合わせて調整してください。
なお、層を重ねる順番は資料によって違いがあり、本家の順番も公表されていません。この記事では、層が崩れにくいように、重いチョコレートを下にする順番で説明します。
| 用意するもの | 役割 | 家で用意するときのポイント |
|---|---|---|
| ホットチョコレート | いちばん下の甘く濃い層 | 刻んだチョコレートを牛乳で溶かす。ココアパウダーと砂糖でも作れる |
| コーヒー | 真ん中の苦みのある層 | エスプレッソか、マキネッタなどで淹れた濃いコーヒー |
| ミルクのクリーム | いちばん上の白い層 | 生クリームを軽く泡立てる |
| 透明の耐熱グラス | 層を見せる器 | 小ぶりのもの。注ぐ前にお湯で温めておく |
ホットチョコレートを作ってグラスの底に入れる
小鍋で牛乳を温め、刻んだチョコレートを加えて弱火で溶かします。砂糖を加え、少しとろみが出るまで混ぜてから、グラスの下の層になる分だけ注ぎます。
コーヒーをスプーンの背に伝わせて注ぐ
コーヒーは、エスプレッソか、マキネッタで淹れた濃いものを用意します。スプーンの背をチョコレートの表面の少し上に構え、その上にゆっくり注ぐと、勢いでチョコレートの層に沈み込むのを防げます。
エスプレッソとドリップコーヒーの違いは「エスプレッソとは?ドリップとの違い」、直火式の道具の使い方は「マキネッタとは?仕組みと使い方」で解説しています。
泡立てた生クリームを最後にのせる
生クリームは、とろりと流れる程度に軽く泡立てます。スプーンですくってコーヒーの上にそっとのせれば、3層のできあがりです。
固く泡立てすぎると表面に広がりにくく、ゆるすぎると下の層に混ざりやすくなります。スプーンから落としたときに、ゆっくり広がるくらいの固さを目安にしてください。
下の層を重くして層を保つ
層をきれいに分けるには、注ぐ勢いを抑えることと、下の層ほど重くしておくことが効きます。チョコレートに砂糖を溶かしてとろみをつけておくと、上に注ぐコーヒーより重くなり、底にとどまりやすくなります。
できあがったら、混ぜずにすぐ飲みはじめます。時間がたつと層どうしがなじんでいくので、作り置きには向きません。


日本でビチェリンが飲める店|Bicerinの店舗一覧
日本では、ビチェリン・ファミリアーレ株式会社が「Bicerin」の名前でカフェを運営しています。同社は、1763年にトリノで生まれたBicerinの歴史と精神を日本で受け継ぐと説明しています。
公式サイトによると、日本の店で出すビチェリンは、イタリアの本店から取り寄せたカカオパウダーを使うホットチョコレートに、エスプレッソと生クリームを重ねたものです。公式サイトの店舗一覧に載っている「Bicerin」の店は、2026年10月6日時点で次の8店です。
| 店舗名 | 所在地 | 入っている施設 |
|---|---|---|
| Bicerin GINZA SIX | 東京都中央区銀座 | ギンザシックス B2F |
| Bicerin SHINJUKU TAKASHIMAYA | 東京都渋谷区千駄ヶ谷 | 髙島屋タイムズスクエア 3F |
| Bicerin NEWOMAN TAKANAWA | 東京都港区高輪 | NEWoMan TAKANAWA North 4F |
| Bicerin HANKYU MEN’S TOKYO | 東京都千代田区有楽町 | 阪急MEN’S TOKYO B1F |
| KASUMIGASEKI CTR. GOVT. BLDG.2 | 東京都千代田区霞が関 | 中央合同庁舎第2号館 2F(官庁の利用者のみ) |
| Bicerin MIDLAND SQUARE | 愛知県名古屋市中村区 | ミッドランドスクエア 2F |
| Bicerin HANKYU UMEDA | 大阪府大阪市北区 | 阪急うめだ 4F |
| Bicerin HAKATA HANKYU | 福岡県福岡市博多区 | 博多阪急 5F |
霞が関の店は中央合同庁舎第2号館の中にあり、官庁の利用者しか入れません。席の有無や営業時間、メニューは店によって違う場合があるので、出かける前に公式サイトの店舗案内で確かめてください。
店舗一覧には、このほか羽田空港第2ターミナルや百貨店などにある「by Bicerin」の売り場も載っています。
ビチェリンとリキュールの違い|同じ名前のお酒に注意
「ビチェリン」という名前は、飲み物のほかにリキュールの商品名にも使われています。そのひとつが、トリノの蒸留所ディスティッレリエ・ヴィンチェンツィ(Distillerie Vincenzi)が作る「Bicerin®」です。
メーカーの説明では、このリキュールはジャンドゥーヤ風味のクリーム系のお酒で、1930年代にフェルディナンド・ヴィンチェンツィが考案しました。トリノのバールで飲まれていた温かい飲み物のレシピから離れた、新しいお酒として作ったとしています。「Bicerin」の名前は、1996年から同社の商標として登録されています。
| 比べる点 | 飲み物のビチェリン | リキュールの「Bicerin®」 |
|---|---|---|
| 種類 | 温かい飲み物 | リキュール(お酒) |
| 材料 | コーヒー、チョコレート、ミルクのクリーム | カカオ、ヘーゼルナッツ、植物性のクリーム |
| 生まれ | 18世紀のバヴァレイザから変化し、19世紀に今の形に | 1930年代にヴィンチェンツィ家が考案 |
| 楽しみ方 | 小さなグラスに層を重ね、混ぜずに飲む | 瓶で売られるお酒。ジェラートやコーヒー、デザートに添える使い方も紹介されている |
発祥のカフェ・アル・ビチェリンも、カカオのリキュール「Regale Bicerin」を自社の商品として扱っています。通販や酒店で「ビチェリン」と書かれた瓶を見かけたら、この記事で紹介した温かい飲み物ではなく、お酒の可能性があります。ラベルにアルコール度数が書かれているかで見分けられます。
ビチェリンについてよくある質問
ビチェリンについて、よくある疑問に答えます。
ビチェリンにアルコールは入っていますか?
トリノ観光局や発祥のカフェが挙げる材料はコーヒー、チョコレート、ミルクのクリームで、お酒は含まれていません。同じ名前のリキュールはお酒なので、買うときはラベルで区別してください。
ビチェリンとカフェモカの違いは何ですか?
どちらもコーヒーとチョコレート、ミルクを使いますが、ビチェリンは材料を層に重ねたまま、混ぜずに飲むのが特徴です。カフェモカと、よく似たモカチーノ・カプチーノの違いは「モカチーノとは?カフェモカ・カプチーノとの違い」で整理しています。
ビチェリンはトリノのどこで飲めますか?
発祥の店は、コンソラータ広場5番地のカフェ・アル・ビチェリンです。トリノ観光局は、市内の歴史あるカフェや「Merenda Reale®」という企画でも味わえると案内しています。イタリアで飲まれているほかの飲み物は「イタリアの飲み物とは?」にまとめています。
ビチェリンにカフェインは入っていますか?
コーヒーとチョコレートを使うので、カフェインを含みます。1杯あたりの量は、調べた範囲では公表されていません。家で作るときは、デカフェのコーヒーに替えればカフェインを減らせます。









